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随想
           
やませ(平成9年9月17日脱稿)

      初めての東北旅行だったが、冷害の元凶とも言われる『やませ』を体験した。

      この貴重な体験の機会に、『やませ』とはどんな現象なのか、考えてみた。

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はじめに

   私の『東北の旅行記』では省略していたのですが、宮古から北上高地を横断して盛岡へ辿り着くまでと、盛岡から東北自動車道に入って仙台に至る途中、何度も『やませ』に襲われ、霧や小雨が発生して視界を遮られていました。たまたまバスにての移動中だったので、実害はありませんでした。   
          
   急に車内が冷え込み、窓際の客が天井から吹き出す冷気の方向を窓側へ変え始めました。わがままな爺さんが『ガイドさん、運転手に冷房を切らせてよ』と叫びました。8月22日というのに気温が突然数度も低下し、肌寒い思いがしました。

   その時、バスガイドは話題が出来たとばかりに『やませ』の解説を始めました。『やませとは、太平洋からの風が北上高地を乗り越えて、内陸部に吹きおりてくる冷たい風。その結果、内陸部の空気が冷やされ、霧が発生しやすく、場合によっては小雨となり、日光を遮断し冷害を誘発する嫌な風です』
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辞典の解説

   『広辞苑』によれば、山背風の略。(1)山の方から吹いてくる風。(2)春夏の風。ながせかぜ。琵琶湖沿岸では『瀬田あらし』と言う。

   この説明では『やませ』は普通名詞扱いなので『伊吹おろし』も『やませ』の範疇に入る。岩手県の『やませ』は、広範囲に発生することと、冷害の原因にもなっていることなどから、有名になったのだろうか?

   トヨタ先輩の河合氏のお勧めもあって私も買った『新明解国語辞典』には『(A)日本海側で初夏から冬にかけて吹く、東から南西の寒冷な風。長期にわたるので、漁に被害を与える。(B)6,7月ごろ、東北地方中北部の太平洋岸を吹き抜ける北東風。冷たくて湿気を帯びるため、長期にわたると冷害を招く』と出ている。 

   しかし、この語義解説では、『縄文杉』や『地震雲』の命名者としても有名な『故・真鍋大覚』大先生から『気象学』を学んだ直弟子の私としては、大きな不満が残る。フェーン現象との区別も付かず、寒冷な風の原因にも触れていないからだ。
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フェーン現象

   『新明解国語辞典』によれば『フェーン(ドイツ語)とはヨーロッパ・アルプスの北側斜面を吹きおす、乾燥した熱風の呼び名。山を越える風が乾いて、熱風を吹きおろす現象。多く、日本海沿岸の都市に大火をもたらす因となる。

   『岩波国語辞典』によれば『フェーンとは、山脈を越えて吹く風が、山を越えるときに水分を失って、反対側の斜面を、乾燥した高温の風となって吹き降ろす現象。
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やませの本質

   やませやフェーン現象の我が解釈を熱力学的に説明すれば、以下のようになる。

   岩手県を襲う『やませ』は千島海流(=親潮・寒流)で冷やされた太平洋上の寒気が北上高地を吹き抜け、内陸部の低地に吹き下ろす冷風。内陸部の湿った上昇気流を冷やし、霧を発生させ、場合に因っては小雨をも誘発させる結果、日照不足と低温によりしばしば冷害をもたらす。北上高地は比較的低い山なので、山を越えるときに、断熱膨脹で空気が露点以下までは下がりにくく、太平洋側に雨を降らすまでには至らない。

   一方、日本海側に多発するフェーンとは、日本海流(=親潮・暖流)で暖められた太平洋上の湿った暖気が、本州中央部の山岳地帯に沿って上昇するとき、断熱膨脹で露点以下に冷やされて雨となり、潜熱が顕熱に変わって暖められ乾燥した空気は山を越え、日本海側に吹きおりるときは、逆に断熱圧縮されて山越え以前よりも高温になる現象。この現象に見舞われた山形市では、1933年7月25日に40.8度Cもの最高気温を記録したが、我が国ではこの記録は未だに破られていない。
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おわりに

   『やませ』も『フェーン』も本質的には同じ現象だが、風の出発点が『寒流』か『暖流』か、途中の山脈の高度の差で、別種の気象現象のように一見感じられるだけなのだ。
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