第26話 独りではないから……
一様に驚いた顔をしている彼等の目の前に、セウスは突き出された。振り返りはするが、サエリハが捕らわれていては反抗することもできない。本人は何もできないことが苦痛なのか顔を歪め、アーベルは終始俯いている。その中で、黒髪の男だけが微笑を浮かべ不気味だった。
「ドゥランセル?」
眉を寄せるハングに、ドゥランセルという名らしい男はますます笑みを深くする。
「6日ぶりくらいかな。元気だった?」
「君の妹以外は、ね」
ドゥランセルは片目だけを大きく開いた。驚いているようには見えない。明らかに承知しているのだ。元気が無いという彼女のことを。
しかし、彼の妹とは誰なのだろう。男の顔を凝視していると、視線が合わせられた。清らか過ぎる池のような飲み込まれそうな深さと、何も住めない鋭さを持ち合わせたような茶色の瞳。それが明るさを増して、細められる。
「君は、会ったことがあるだろうか?小さな未来視に」
瞬時に、同じ色のはずなのに受ける印象がまったく違う大きな瞳が思い浮かんだ。目映い光に包まれ、真っ白い羽がとてもよく似合う少女。
「とてもかわいい妹だよ。会えば皆が彼女を愛する、自慢の妹だ」
ドゥランセルに初めて、慈しむような笑顔が浮かんだ。本当に彼女をかわいがっているのだろう。柔らかい感情を持っていることがよく分かる。自分もサリアのことを思い出せば、こんな表情になるだろうか。
だが、彼の温かい心が見えたのは、ほんの一瞬でしかなかった。
「しかし、今は他に用がある」
サエリハの背にあった銃口が、迷うことなくハイエロファントに向けられた。
「共に来てもらおうか。ハイエロファント教授殿」
ハイエロファントの瞳が見開かれる。ハングとカナが、彼と銃の間に立ちはだかった。セウスはただ、信じられない思いでドゥランセルを見た。
「あんたの妹が、爆発に巻き込まれたかもしれないんだぜ?」
ドゥランセルから1歩離れたサエリハが、口元を引きつらせながら尋ねる。確認するために教授室を飛び出したが、時間的に考えて巻き込まれたのはほぼ確実だ。ドゥランセルとアーベルには、放送が聞こえなかったとでも言うのだろうか。
「かもしれない、ではない。巻き込まれたんだ」
確証を口にしたドゥランセルの口元は、確かに笑っていた。
「あんたはっ、兄貴なんだろうがっ。んなことやってる場合かよっ」
襟元を掴みかかったサエリハを、ドゥランセルは勢いよく突き飛ばした。カナとハングを巻き込んで、もろとも倒れる。それを見たセウスは、茶色の瞳を睨み上げた。
「おまえは、ルエルとまるで似てない。おまえに、兄の資格なんか無いっ」
断罪した瞬間、怒りに染まった瞳と向けられる銃口が見えた。
「セウスさんっ」
引き金が引かれると同時にアーベルに飛びつかれ、床に倒れ込む。背中に痛みは走ったものの、彼女のおかげで銃弾は左横に逸れた。更にもう1発、先より顔に近い床を銃弾が跳ねていった。
「もう1度言う。共に来てもらおうか、ファント」
同じ台詞でも、重みが違った。なんという低い声だろう。
「分かった。一緒に行くから、銃は収めてくれないか」
「それは、君が室内を出てからだ」
「ファントッ」
ハングの悲痛な叫びが耳に届いたが、ハイエロファントは答えることなく室内を出たようだった。アーベルがいまだ上に乗っているせいで、足音で様子を探ることしかできなかったが。
「アーベル。俺達が外に出るまで、こいつらを抑えていてくれ」
アーベルは一つ頷いた。淡い茶色の髪が頬をくすぐる。次いで、1滴の涙。
2人の足音が遠のき、身体を起こしたアーベルは泣いていた。思わず濡れた頬に手をやろうとすると、彼女は身軽な動作で立ち上がり、扉の前に立ちふさがる。
「ごめんなさい。でも、あの人の言葉は、私にとって絶対なんです」
「アーベル?」
彼女から目を離さないようにしながら身を起こす。不意に、コートの裾を引く手があった。
「セウス。ルージュの様子がおかしいよ」
カナに抱かれたルージュは、小刻みに震えていた。急に体調が悪くなったのだろうか。
「どうした、ルージュ。大丈夫か?」
アーベル達のことは気になるが、ルージュの方も放ってはおけない。カナの傍に屈み込むと、ハングも一度ルージュを覗き込み、弾かれるように再びアーベルの顔を見た。眉間には、縦皺が寄っている。
「おまえ、まさかっ」
1歩近付いた彼を牽制するかのように、アーベルは手近にあった棚を叩いた。信じられないことに、木製の重厚な棚は大きな音を立てて崩れ落ちた。女性はおろか、男性でも無茶な行為だ。
「まじかよ」
床に座り込んだままのサエリハが、目を丸くして呟く。セウスなどは声も出なかった。驚き以外の感情が出てこない。
今までの様子からも不信がっていたのだろう。大きな音が立ったのを機に、隣り近辺の部屋で待機していた教授達が廊下の外に集まってきた。扉を叩き、どうしたのかと問う声が聞こえる。取っ手を動かし、数人がかりで開け放とうとするのをアーベル1人で後ろ手に止めていた。
「あの時、コードを抜いていてくれたら」
彼女はセウスの顔を見て一言呟くと、助走もなく宙返りで天井を舞い、窓辺に寄った。途端に5人の男性が部屋になだれ込んでくる。セウスも彼等も、か弱そうに見える女性が軽やかに窓の下へ飛び降りる様を見届けるしかなかった。
セウス、ハング、サエリハの3人は、慌てて窓の下を覗き込む。アーベルは何事もなく地上に降り立ち、ドゥランセルとハイエロファントの元へ駆け寄っていった。
色々なことが起こりすぎて、セウスの頭の中は混乱していた。ルエルとルージュとハイエロファントと。何を優先して動けば良いのか分からず、足を動かすことができない。優先順位が端から決定しているサエリハは、何があったのか聞くために迫る教授達を押し退け、部屋の外へ出ようとしている。ハングはセウスの隣りで突っ立っていたが、優先順位が分からないと言うよりは衝撃が大きすぎたのだろう。カナは涙を溜めた眼で、セウスを見上げていた。
純粋な涙に、セウスの身体が自然と動く。ルージュの様子を見、1度撫でた。震えが収まり、呼吸も整っている。何があったのかは分からないが、おそらく緊急を要する病気などではないようだ。
「大丈夫だよ、カナ」
頷くカナの頭を撫でると、立ち上がった。振り返っても、まだハングは1歩も動く様子を見せない。サエリハは人垣を抜けたようだ。数人が、廊下を走り去っていく音が背後で聞こえた。
「おい、ハング。しっかりしろよ」
ハングの両肩に手を置いて、強く揺さぶる。急に彼の焦点があったかと思うと、乱暴に手を払われた。
「触るなっ」
「うわっ」
突然流れ込んでくる、彼の記憶。容量が大きすぎて、頭で受け止めきれない。驚くカナに応じることもできず、セウスの視界は真っ暗闇に覆われた。
◆◆◆
辺り一面に砂煙が舞っていた。首を廻らせることはできないが、おそらく地面一帯は石の破片が転がり、見る人には悲惨な場面となっているのだろう。
痛みも何もない。しかし、何故だかとても気だるい感じがする。目は見えている。耳は機能している。腕は、どうだろうか。
「あ、動いた」
徐々に視界に入ってくる傷だらけの手。指の合間から、青空が見えるようになってきた。上空は風が強いのだろう。手を軽く握ったり開いたりすると、鋭い痛みが脳に伝わってくる。
「生きてる」
そう知覚すると、途端に手足に痛みを感じ始めた。腕は擦り傷と切り傷だらけだ。足もきっと、同じような状態なのだろう。それでも、覚悟していたものより何十倍も何百倍もましな状況だった。良かった、とかいった感情は不思議とない。心が空っぽで、起き上がる気にもなれない。しばらく寝転がったまま、ただ自分の手を見ていると、複数の足音が瓦礫の上を忙しそうに歩き回る音がしだした。その内の一つが次第に近付き、耳元で止まった。
「ルエルさん」
手を退けると、友人の兄の顔があった。いつもは生真面目で崩れることのない顔が、今は汗だくになっている。息が乱れ、それでも少しほっとした表情を浮かべていた。きっとパレード隊の面々は、爆発が起こりすぐさまここまで駆けつけてきたのだろう。警備兵の一員である彼は被害状況を確認するのが主で、けしてルエルだけを探しに歩き回っていたわけではないだろうが、それでも知り合いの無事が分かったことで安堵の表情に変わったのだ。
「放送を聞いた直後は驚きました。手足は傷だらけのようですが、他に痛む所はありますか?」
「まだ動かしちゃ駄目よっ」
カエサルが起こそうとするのを、鋭い叱咤の声が止める。ルエルには聞き覚えのある声だが、あまりにも意外な人物だった。
「頭を打っているかもしれないわ。今、医者を呼びにやっているところだから、到着するまで待ちなさい」
眼だけを動かすと、カエサルの後ろに揺れる服の裾を確認することができた。
「あなたは?」
「生物学部で教授をしているブライアンの妹よ。あなたにも1度、門で身分を尋ねられたことがあるわ」
「ああ、そう言えば」
グレイスが学都を訪れたのは、学都祭が始まる少し前のことだ。動物を連れた訪問者というのは珍しく、仕事上様々な人と顔を合わせるカエサルでも思い出すことができたのだろう。
今は、ルエルからでもグレイスの顔がはっきりと見える。少し垂れ目ぎみの目と、褪せた緑色のくせ毛がブライアンと似ている。それでも、感情の方向性はまったく違うのだ。これがブライアンだったら、こちらも怯んでしまうほど心配してみせたに違いない。妹の方は関係に亀裂が入って以来憎まれているのか、冷静な顔をしていた。
しかし、何故ここに彼女がいるのだろう。研究所で出くわしてから、王都に帰ったとばかり思っていたのに。
物思いにふけるように目を閉じて、また開く。重要な時が過ぎても未来視が有効だとは、今朝までは考えてもいなかった。
「カエサルさんに、一つお願いが。今から、北西門に向かって」
「え?」
「途中で、ハング君とリハ君に会えるはず。無事だって、伝えて」
声は掠れていたが、カエサルは聞き漏らさないように注意深く言葉を拾ってくれたようだ。「分かりました」と力強く頷いた彼に、グレイスはグレイという名の狼を貸すと言い出した。鳥の方は、医者を呼びに行っているため不在だった。
「とうとう動き始めたわね。もう、誰も止めようがないわ」
カエサルの後ろ姿を見送った後、グレイスはルエルの傍らに膝を付いた。遅れ髪が、風に揺られている。
「ほんとは、もっと前から始まってたんだよ。たぶん、博士が子供の頃から」
「そうかもしれない。でも、これで本当に良いのかしら」
グレイスは、両手で自身を抱え込む。
「怖いの?」
彼女は弾かれたように、尋ねたルエルを見下ろした。怒りと不安が入り混ぜになった表情をしている。追い詰められた者の瞳だった。
「あなたは怖くないの?これから私は、どうなるのか。私達の存在理由はっ」
「怖いよ」
呟かれた言葉に、今度は信じられないといった表情を浮かべながらルエルの顔を覗き込む。
「ずっと怖かったし、今も怖いよ」
「嘘よ。あなた、ずっと平気な顔してたじゃない。あの時、一緒にいたくせに平然としてたじゃない。どうして笑ってられるのよっ」
グレイスの悲痛な叫び声に、目蓋を閉じる。彼女の不安は、吐き出される度にルエルの深い部分を抉った。
「言ったから」
それでも両足で立って、ここまで進んでくることができたのは、大きな存在がいたからだ。
「お兄ちゃんが、『笑った方がかわいい』って言ったから」
「それ、だけ?」
涙を浮かべたまま呆然としているグレイスは遥か年上のくせに子供のようで、ルエルは微笑んだ。
「うん。それだけだよ」
大きな鳥が、徐々にこちらに近付いてくる。風圧で飛ばされた小石が頬に当たって、少し痛い。砂が入らないように目を瞑っていなければならないが、この不便さが今は笑えた。
「ルエルッ、大丈夫ですかっ?」
白衣を翻らせ、フルールがやって来る。真っ赤な服は相変わらずだが、真剣な眼差しで患者に向かう時は、やはり彼女も医者なのだと実感する。
「いつも、そうなら良いのに」
「は?何がですか?」
フルールは首を傾げながら、傍らに膝を付いた。
「どこか痛みは?気持ち悪いとかいった症状は、ありますか?」
「手と足が痛いかな。気持ち悪くはないよ。鳥のおかげで、高い所から落ちるってことだけはなかったから大丈夫」
「ああ。医局に来た時は、驚きましたが」
人を乗せて飛んだ大きな鳥は、瓦礫に刺さっている鉄筋にとまり、羽を休めている。爆発の風圧の中、ルエルを守りながら飛んだのだ。無傷とはいかなかっただろう。低く鳴くのを、グレイスが労わるように撫でている。
「駒なんかじゃないじゃない」
振り向いたグレイスは、戸惑った顔をしていた。次いで、撫でていた己の手を見下ろしている。とても不器用な人だ。
「それにしても、無茶をしますね。助かったから良かったですが」
フルールが背を支え、起き上がらせてくれる。口調は怒っているが動作は優しく、こちらに負担がないように気遣っているのが分かる。グレイスも、無言で傍へやって来た。
「もしかして、ブライアン教授の血縁の方ですか?」
初対面のフルールが何気なく尋ねると、グレイスは驚いたように目を丸くした。
「グレイスは、ブライアン教授の妹だよ」
「そうですか。髪と目元が似てらっしゃるから。もちろん、妹さんの方が断然顔が良いですけどね」
グレイスは、はにかむように笑った。女医のからかい混じりの口調にも笑えたのだろうが、似ていると言われたことが嬉しかったのだろう。まだルエルが幼い頃に会っていた近所のお姉さんに、戻りつつあるようだった。
「グレイが戻ってきたら、ルエルを運ぶ手伝いをさせるわ。そうしたら、私は一足先に帰るから」
「ブライアン教授には、会われていかないんですか?」
グレイスは、一つ頷いた。
「まだ少し、顔を合わせるのが怖いの。ルエルとも」
面と向かって、そういうことを言う人がいるとは。新鮮すぎて、怒る気も悲しむ気もしない。とは言え慰める言葉も浮かばず、逡巡した後に彼女の手を取った。今の自分ほどではないが、細かい切り傷がたくさんある手だ。
「ここに来たのは、気まぐれだったわ。ルエルを助ける気は無かったわ。ただ、奴等に意趣返しがしたかっただけよ」
「うん」
「本当は、ルエルに一つ聞きたいことがあったわ」
「うん」
「いつも笑っていて、腹が立ったわ。でも、向き合うことができるのも、ルエルしかいなかったの」
「うん」
いつの間にか、こちらが取ったはずの手をグレイスが両手で握り締めていた。不自由な手だが、相手を驚かさないよう注意深く動かし、緩く握り返す。
「私が助かったのはね。ブライアン教授がくれた簡易電磁フィールドと、グレイのおかげだよ」
幼い頃から、両親の記憶はいっさい無い。兄が出掛けてしまうと、面倒を見てくれたのは緑のくせ毛と垂れ目が印象的な兄妹だった。こんなに泣き濡れた表情は、王都にいた頃でさえ見たことがないが。
「助けてくれて、ありがとう」
◆◆◆
いくら若い身体とはいえ、日頃の運動不足は祟るのだろう。裾が長い服も、寒くなる時期はありがたいのだが、今はまとわり付いて煩わしい。前髪が視界を覆うようにして揺れるのも、正直に言って邪魔臭い。全てが解決したら、切ってしまうべきだろうか。
追いすがる教授を全てまき、前を行くサエリハは走り方がまるで違う。暇な時は大きな機材を抱えて写真を撮りに出掛けることもある、と聞いたことがあった。撮影する腕前と共に、筋力も鍛えられているのだろう。
しかし、三つ目の分岐点に差し掛かった時、何故か彼は足を止めて振り向いた。顔を見ると、明らかに怒りの色に染まっている。
「おまえなっ」
この場には、自分しかいない。向けられた怒気に、つい足を止めた。緊急事態だというのに、状況が頭から飛びかける。
「まだ、ぼーっとしてんのか?俺に付いてきたって、ルエルちゃんとこしか行かないぞっ」
「分かってますよ、そんなこと」
「分かってねーだろっ。頭冷やせよっ」
左肩を、サエリハに強く押された。無抵抗のまま、壁に背をぶつけられる。恒星のように燃える金の瞳を、気をこめて見返した。
「そっちこそ、頭を冷やしたらどうですっ」
同じように左肩を押し返すと、そこから取っ組み合いの喧嘩になった。今までの長い人生で、1度もやったことがない。殴り、殴られ、罵声を飛ばし、無我夢中だった。感情が爆発するとは、こういうことだろうか。
「お2人共、何をされてるんですかっ」
カエサルの鋭い声が飛んだのは、既にサエリハ以外のものが目に映らなくなっていた時のことだった。不意に間に入った白い獣に、2人共がしりもちを付く。見れば、狼にまたがったカエサルが厳しい顔をこちらに向けていた。
「喧嘩をしている場合ではないでしょう。冷静になってください」
気持ちを抑えた青い瞳は冷たい焔のようで、一気に頭の温度が冷めた。サエリハも同じなのか、「悪い」と一言呟いて立ち上がった。
「まったく。ルエルさんは、ご無事ですよ。ブライアン教授の妹さんが、医局に連絡してくださいました」
思わず、サエリハと顔を見合わせる。彼はグレイスと顔を合わせたことは無いだろうが、それでも意外な名前が出てきたものだ。言われてみると、カエサルが乗っている狼も彼女のものだ。
「俺、ブライアン教授のとこ行ってきます。ルエルちゃんは、きっと医局に運ばれるんでしょ?」
「ええ、おそらくは」
サエリハはすっかり下りてしまった髪を掻き上げ、立ち上がった。口の中を切ったのか、端から血が滲み出ている。
「ったく、顔殴りやがって。いい男が台無しじゃないか。俺は遠慮したのにな」
引き起こしてくれた顔を見れば、頬も腫れていた。少しやり過ぎたかもしれない。こちらは顔周辺に痛みはないものの、上半身のあちらこちらが引き攣れている。服を脱げば、痣だらけかもしれない。
「おまえは、ファント教授を追えよ。分かってるんだろ?行き先」
金の瞳に、嘘はつけない。一つ頷くと、サエリハは顔をしかめながら笑った。
「こっちのことは、任せとけよ。でも、絶対帰ってこいよな」
サエリハの拳が、軽く心臓の位置に当てられる。意外なことに喧嘩慣れしているのか、急所は全てはずされているようだった。
「おまえの正体が何でも、俺は友達だからな」
「齢46のグドアールという男でも、か?」
肩を竦め、小首を傾げて笑ってやる。目を丸くして、「グドアール?どこかで聞いたような」と呟いたサエリハは、それでも笑みを深くした。
「でも、だ」
サエリハが手を挙げたので、それに己の手を当てる。弾ける音が、辺りに響いた。