[1]“棚ぼた”が突然落ちてきた
平成10年4月11〜25日に出かけた『トルコ・パキスタン・ベトナム』が最後の海外出張のつもりだった。59ページからなる追憶記『懐かしのあの国、この国』も6月末までに書き上げ、脱稿を心待ちにしてくれていた愛読者達に配るべくコピーを取り、大型ホッチキスで綴じ終わった時、たまたま側を通り掛かった担当常務から声を掛けられた。
『石松さん、定年はいつでしたかね?』
『8月末です。とうとう2ヶ月後に迫りました』
『どこか、行きたい所はありませんか?』出向・転籍先かと勘違いして
『この不況下、受け入れてくれる会社なんか、ありませんよ!』
『いや、出張だけど』
『国内ですか?』
『いや、海外』やっと質問の意図をキャッチ。
『行かせて貰えるのならば、関係者とテーマも相談して、後日提案致します。前回の旅行記ができました。拾い読みでもして頂ければ…』と言いながら、綴じたばかりのコピーを手渡した。
最終出社日である8月31日までにやるべき仕事は最早なく、残っていた有給休暇を7〜8月の間に全部消化、つまり現役最後の夏には学生時代同様、思いっ切りのんびりと羽を伸ばすつもりだったが、棚ぼた出張の準備・出張・報告などで予定がすっかり狂ってしまった。しかし、この類いの変更ならば何時もと異なり、両手(もろて)を挙げての大歓迎だ。
[2]地球一周5万Km
頭の中で、地球儀をクルクルと回した。我が検索条件は
@ 私費で出掛けるには費用が掛り過ぎる、即ち日本からは遠い国
A 初体験国
B 当社の海外工場がある国
C コースの途中に世界的な観光名所もある国
であった。答えは即座に閃いた。南アフリカ・ブラジル・アルゼンチンだ。
『行きたい所があれば、どこの国に行っても構わない』との御墨付きを貰ってはいても、多くの国内外の関係者が『な〜るほど』と納得できるような出張目的を、書類上に書き上げるのは我が自己責任だ。しかし、無い知恵をこの種の課題に絞るには、無責任な追憶記をすらすらと書くがごとく、なが〜いサラリーマン生活の間に、いやいやながらでも身に付けさせられていた能力の一端で十分間に合った。
[3]出張目的の設定
@第1目的
私がたまたま海外工場の建設計画立案に主参画したトルコ・パキスタン・ベトナムの各新規プロジェクトと、全く関与しなかったアルゼンチン・ブラジルのそれとには、結果としてどんな違いが現れたか?その原因は何に起因するものか?当事者の能力差だったのか?真因を見極めたい。
A第2目的
南アフリカ共和国とブラジルでは、トヨタ自動車最古の海外組み立て工場が延々30年以上も操業し続けてはいるが、その間に得た事業経営のノウハウはどの様な形で蓄積され、次の世代に引き継がれているのか?
ブラジルの新工場では、旧工場の経験がどの様に活用されているのだろうか?さしたる技術移転もなされなかったとすれば、その真因は何なのだろうか?
B第3目的(真の目的)
アフリカと南アメリカを結べば、かの“マゼラン”の見果てぬ夢である世界一周すら、何と実現できるではないか!そうだ!週末には、アフリカ最南端、大航海時代の幕開けともなり、その後の世界史を塗り替えた象徴でもある、バーソロミュー・ディアス(読者諸賢よ。インド航路の発見者であるヴァスコ・ダ・ガマの間違いではありませぬぞ)が到達(発見)した“希望峰”も見に行こう。
そしてその次の週末には、ブラジル・アルゼンチン・パラグアイの国境にある世界最大の滝“イグアス”も見に行こう。その前後の月〜金に工場見学の日程を割り付けさえすれば、出張計画は完成だ!しかし、この第3目的は密やかなる計画として隠しておかねばならないのは自明だ。
[4]出張準備
欲張って入念な計画を立てていると、不景気のどん底にある今“好事魔多し”とばかりに、予期せぬ方向から出張取り消しの声が飛んで来るやも知れない。“善は急げ!”と、飛行機の予約とブラジルのみに必要だったビザとが取れ次第出発する安直な計画にした。本当は何冊かの夫々の訪問国に関する、異なった視点から書かれた本も事前にじっくりと読みたかったが、その猶予は残念ながらなかった。
過去の体験から、時差の影響を最小にするために西回りを選んだ。正午に日本を出発し欧州に夕方着いた場合の日本時間は翌日の早朝になり、徹夜同然になる。その後、アフリカ縦断中にもビールをおなか一杯に飲み続けさえすれば熟睡できる。その結果、睡眠障害の主因となる時差は簡単に解消してしまう。電話帳のように分厚い国際航空時刻表2冊と丸一日も格闘して、出張計画を纏めた。
文字通り地球一周5万Kmに達する我が最後の海外出張を要約すれば、『名古屋空港からユーラシア大陸を横断しロンドンへ。ロンドンで乗り換えて、アフリカ大陸を縦断しケープタウンへ。ケープタウンから大西洋を横断しサンパウロへ。サンパウロから南アメリカ大陸を斜めに縦断しロサンゼルスへ。ロサンゼルスで給油後太平洋を横断し名古屋空港へ』となる。
[5]いざや、出発
眼下に広がる中央アジアの大地は本年4月、トルコのイスタンブールを一路目指した季節とは異なり、夏(7月)ともなれば、さすがに緑で大部分が覆われてはいたが、残念ながら雲が多くて、景色は殆ど楽しめなかった。
とうとう機内での退屈さには我慢ができず、一計を案じた。まだ生まれてこの方一度も覗いたことのない、ジャンボの操縦室(コックピット)への闖(ちん)入プランだ。どうすれば実現できるか?ハイジャッカーと勘違いされれば元も子もないどころか、大騒ぎは必定。
女性はどこの国でも職務のルールに忠実で、融通がきかない傾向が見られる。熟慮の結果、数少ない男子客室乗務員(スチュワード)の中から、表情に知性が感じられる中年男を掴まえて交渉することにした。
『私は、ほんの数分間で十分だから操縦室を見学したい。ハイジャッカーと誤解されたくはないので、身体検査は念入りに気の済むまでやってくれれば良い。今でこそ、この社員証で示すようにトヨタ自動車で働いているが、40年前には大学で航空工学を専攻したので、最新の操縦室を覗きたいとの欲求は人一倍あるのだ』
度々の体験だが、イギリス人は臨機応変に事に対処する能力が他国民、取り分け日本人よりも相対的に高いと感心していた。英国航空の乗務員は即座に『付いていらっしゃい』と言うなり、身体検査も省略して案内してくれた。ジャンボの操縦室は2階の突き当たりだ。
室内は予期に反し大変狭く、質素だった。精々4畳半の広さだ。パイロットは正副合わせて2人だけ。自動操縦技術の進歩でパイロットの仕事は今や激減している。安全な離着陸が主業務で、気象が安定している成層圏での飛行中は仕事らしい仕事もないようだ。同じ自動運転でも地上を走る新幹線の運転士の方が、前方への注意力は遥かに要求されている。なにしろ成層圏には、優雅に浮遊しているような人間は一人もいないが、線路には自殺志願者がまま侵入し、列車を待ち伏せしている場合もあるからだ。パイロットも退屈していたのか予期に反し、突然の珍客を大歓迎してくれた。
主要な計器盤は左右対称に配置され、正副パイロットが夫々至近の位置でそれらを監視できるようになっていた。天井は無数のスイッチや計器類で埋め尽くされていた。分厚い風防ガラスを通してでも、空気が澄んでいるから前方遥か彼方まで良く見えた。一方、下界に視線を落としても、通り過ぎる雲が時たま視野に入るだけで、秒速 250m(対地速度 900Km/時)もの飛行速度は実感できなかった。
無数のサラリーマンの中でもパイロットは、どの国でもかつては大変恵まれた待遇を満喫していたが、運賃の自由化が進むに連れて、昔の栄光は徐々に剥げ落ち始めたようだ。傍らにはサンドイッチ(英国のサンドイッチ伯爵が発明した軽食)と紙パック入りの飲み物が、昼御飯として無造作に用意してあった。余っていた機内食(もちろん、エコノミークラス)を弁当として食べていたスチュワーデスを、カーテンの隙間からかつて覗き見した記憶があるが、その方がまだましな食べ物だった。
その時パイロットならば、ファースト・クラスのフル・コース(原価5千円以上・レストランならば定価1万円以上と推定)を、きっと食べているのではないかと、ついでに卑しくも連想していたのだ。室内にはロッカーもなく、剥き出しの通勤着が無造作に吊してあった。ブランドものの高級服とは無縁の普段着だ。
シートは前列2、後列2の計4席あった。3席目は3人搭乗する時に使い、4席目はもう使わなくなったそうだ。当機の3人目の乗務員は既に削減されたのだろうか?傍らのカーテンの内側には交替で休憩できる、幅は狭いが水平に固定された機能本位の質素なベッドがあった。超長距離飛行時で3人搭乗時に交替で使うのだろうと推定。これら4席のシートも乗客用のシートに比べれば、驚くほどに質素。普通の事務所の椅子とさしたる違いもない。花のパイロットも今や単なる高級肉体労働者に格下げされているようだ。
『定常飛行時の主な仕事は、何ですか?』
『地図上に引かれた飛行経路上の予定時刻で、目視と計器情報から現在位置を確認し、予め決められている場所まで来る度に、状況を管制官へ報告するだけだ。前方を御覧なさい。右側はスェーデン、左側がデンマークだよ』
『到着予定時刻はどうやって計算するのですか?私の体験では、あんまり精度は高くないようですが』
『飛行経路上の偏西風の風速予想値が無線で送られてくる。計算機には自動的にインプットされ、内臓プログラムで周期的(我が推定では2分間隔?)に計算している。計算結果は客室内のスクリーンにも、飛行高度・外気温度・飛行速度・離陸地点からの飛行距離などと一緒に投影されている』
まだいろいろ質問したかったが、ロンドン空港も近付いたし、厚意に感謝して引き上げた。パイロット達からは思いも掛けない握手攻めにあった。
しかし、今でもまだ疑問に思っているのは、時速 200〜300Kmにも達する偏西風の速度の計測方法だ。飛行機の対気速度は今でもピトー管で受ける風圧(動圧)と大気圧(静圧)を使い、ベルヌーイの定理から計算されている。偏西風の速度は求められた対気速度と対地速度(絶対飛行速度)との差として計算されるが、それはその時の飛行地点の風速であり、前方の飛行経路全体の平均速度を意味してはいない。所詮、台風の移動速度のように誰かが適当に推定しているのだろうか?
偏西風の中を飛行中の全航空機から、飛行高度・対気速度ベクトル・対地速度ベクトルをリアルタイムに、全世界を管轄する飛行センター(現在は存在しない)に報告させ、超高速電算機で偏西風の速度ベクトル分布図を作成し、飛行中の全飛行機に情報として流せば、到着予定時刻の精度も高められる筈だが、費用がかかる割りには、さしたる価値もないので、どこの国も世界各国に向かって提案する気にはならないのだろう。
結局『到着予定時刻の高精度予測は、現在の技術では無理だ』と勝手に断定したのであった。
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