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健康
           
味覚異常(平成8年5月31日脱稿)
 
  去る5月10日(金)、片山津温泉に妻と久し振りに出掛けた。北陸自動車道(これは高速道路ではない!従って多少は運転し難いが我慢した。日本の高速道路は名神と東名だけである。この事実を知っている人は物知りである!疑問ならば地図を御覧下さい)日本海側の南条サービス・エリアで休憩がてら、旅の恥は掻捨てとばかりに日頃の卑しい癖が頭をもたげ、試食品のつまみ食い三昧をした時のことである。

   “健康のためとはいえ北陸には、これほどまでに減塩食が徹底して普及しているのか!”と奇妙に感じた。カマボコ類の練り製品を初め、各種漬物類までにも全く塩分を感じなかった。しかし、これでは文字通り“過ぎたるは、なお及ばざるがごとし”なのでは無いかとの疑問もかすめた。
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驚愕

   温泉でくつろいだ後、持参の“フグの干物”をビールの“つまみ”に齧った。“おかしい!”塩の結晶がキラキラと光っているのに、塩分を全く感じない。念のため、妻に試食させると“これ単独では塩辛くて食べられない”と答えた。その瞬間、2年前の日経ビジネスの記事を思い出した。“味覚異常”と言う症状である。

   翌日帰宅後、塩と砂糖で味覚テストをしたが、全く味を感じない。レモンや京都のしば漬けを舌の上に乗せても酸っぱくもない。いろいろ工夫してチェックしたら、舌の前半部分にのみ異常部位が集中していることが判明した。

   なぜ今まで気が付かなかったのであろうか? 相当前から味覚異常に掛かっていたのであろうか? それとも、急に発生したのであろうか? 三度の食事では下品にも、大口を開けて食べる習慣が身に付いていたので、食味は舌の後半部分で味わっていた可能性も高く、異常に気が付かなかったのであろうか? 試食品の場合は余りにも小さなかけらである上に、意図的に舌先で味わうので変化に気が付いたのであろうか?                                  

   心なしか最近ビールの味が薄くなったような気もしていた。その結果、帰宅後大瓶1本を飲み干した後は、アルコール度の高い酒を無意識の内に大量に飲むようになっていたのも、味覚異常と関連があったのだろうか? との疑問も芽生えて来た。この時点で予想した原因としては、

   @連休中にドンブリで数杯食べた(家族は食べなかった)灰汁の大変強かったゼンマイに似た山菜(毒草?)による一時的な炎症。苦労して採った山菜だったので、捨てたくは無かったのだ!

   A最近一段と増えた飲酒量から来るアルコール障害。特に、ウィスキーやブランデーを薄めずに飲んだ結果の慢性的な障害。

      B姫大根(ミニ大根)の食べ過ぎ。酒のつまみに、香辛料に似た刺激の強い姫大根に味噌を付けてバリバリと食べ過ぎたことによる一時的な障害。家庭菜園で20年来作り続けているが、春作の場合には収穫期間は2週間と短いこともあり、連休中には毎日ドンブリ1杯も食べていた。家族は舌が麻痺すると言って精々一度に1人に付き1本位しか食べていない。

   私は今まで“水の飲み過ぎ、野菜と果物の食べ過ぎには害が全く無い。それ所か、逆に健康には有益だ”と確信していた。水が体内から汗と小便で排泄される場合には、有り難いことに、必ず老廃物を道連れにしてくれる。果物や野菜も平均すれば90%は水分だし、ビタミンや無機塩類に加えて、繊維質は便通にも有益だ。

   独身時代には、スイカ1個・パイナップル1個・マスクメロン1個をそれぞれ独立に一度に食べ尽くしたこともしばしばあった。冷蔵庫を持っていなかったからである。パイナップルやメロンの場合には舌の表面から出血が見られたが、味覚異常には至らなかった。しかし、舌の表面は刺激への反応性が意外に高いひ弱な部位である、と既に体験から知ってはいた。

   そこで臨時対策としてこの機会に、週日のみは完全禁酒。週末のスポーツ日だけは思い切った飲酒でストレスを解消、毎朝晩には定期・定点・味覚テストを開始して、経過観察をすることにした。その後はスーパーやデパートに立ち寄る際には、恥じらいも無く積極的に試食品コーナーを駆け巡るようにもした。

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診察
 
  5月13日(月)に出勤するや否や、日本経済新聞社に“2年位前に読んだ記憶がある“味覚異常の解説”が載っていた『日経ビジネス』は、何月の何日発行だったか、データベースで調べて欲しい”と問い合わせた。約30分後、1994-4-18号との回答が来た。早速、技術資料室から、その記事をファックスで送って貰った。恐ろしいことが書き込まれていた。

   半年に1回、痛風の経過観察のための血液検査と尿酸降下剤を受け取るために、トヨタ記念病院に通っている。幸い5月14日がその日だった。副院長の高松医師に“痛風になって7年経過しました。私の味覚異常の原因は薬の副作用ではないでしょうか!?”と詰問。

   “この薬にはそんな強い副作用は現れない。今までに聞いたこともない。それは味覚神     経の終点と繋がっている脳に、腫瘍が出来たことによる症状である可能性がある。頭     が悪くなったのかも知れない。脳神経外科が担当だ”との即答。

   診察前に、原寸大の頭のX線写真(3面図)を撮った。駆け出しらしい医師に症状を説明した後、診断を聞きながら質疑応答を交わした。

   “舌の前半部のみですが4日前、味覚センサー(味蕾=みらい)が機能停止していること    に気付きました。食塩も砂糖も味が無く、区別出来ません”   
   “舌の前から3分の2と残りとは神経系統が分かれて脳に繋がっている”
   “この写真からは脳には異常があるとは認められない。脳出血、脳梗塞、脳腫瘍のいず     れも認められない。CTスキャンで断層写真を撮りましょう。舌先に炎症がある可能性も    あるから、頭が良くなる内服薬も飲んで下さい。経過を観察します”
   “この薬と今飲んでいる尿酸降下剤とは併用出来ますか?”
   “出来る”
   “薬間の交互作用に伴う副作用はありませんか?”
   “薬理作用の弱い薬だから心配は要らない”
   “有効成分は何ですか? 亜鉛が入っていますか?”
   “一種のビタミン剤みたいなものだ”化学成分には詳しくないようだ。
   “直りますか?”
   “炎症なら1ヶ月で直る”
   “亜鉛の不足ですか?”
   “普通の食事なら、亜鉛不足にはならない。毎日インスタント・ラーメンで暮らしているなら    別だ”
   “この奇妙な穴は何ですか?”
   “耳の穴だ”
   “頭頂部にある直径1cm位の数個の円形のマークは何ですか?”
   “くも膜顆粒だ”
   “くも膜下!? くも膜下出血の前兆ですか?”
   “脳内圧の調整空間だ。くも膜下出血とは異なる”

   自分自身の頭のレントゲン写真との生まれて初めての対面だった。愛しくも不気味な奇妙な印象を受けた。火葬に付された自分の骸骨と対面しているような気にもなった。今後の方針を打ち合わせた結果、50年来付き合っている小中学校時代からの親友達とシンガポールへ旅行に行く前日(22日)にCT、帰国翌日(28日)に診断結果を聞くことになった。

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CTスキャン
 
  CTの原理を発明した人はノーベル賞を貰った。それまでのX線写真は光の透過量に比例した黒白の濃淡だけなので、光の進行方向(深さ方向)に計った異常部位の位置は特定出来ない。CTは細く絞ったX線を被写体の外周から浴びせながら、投射角度を 180度回転させることによって得られた各位置の透過量から、計算で断面の状態を濃淡化できる点に画期性がある。連立方程式を解いているのだ。

   同じ計算原理を使ったMRI(磁気共鳴方式)は放射線被曝も無く、しかももっと高性能だが高価な装置だ。そのため設置台数が少なく、緊急性がない限り直近の予約は取り難い。

   測定室のベッドに仰向けに寝かされ、くぼんだ枕に頭を載せ、動かないように固定された。円筒形の装置の中に、ベッドが2cm位のきざみで侵入して行く。その都度、脳の断面を撮影。1枚の撮影には数秒掛かった。撮影の都度、頭の回りをドラムが半回転した。往復すれば2枚撮れる。

   “13枚撮ったのですか?”
   “否、12枚です”
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CT画像の判定

   予約時間から更に1時間も待たされた。CTの結果は縮尺比率1:2の写真に仕上がっていた。マトリックス状に3×4の状態で、裏面から光を当てられたすりガラス板に張り付けられていた。医師は差し棒を写真の各部位に当てながら、頭の一般構造の説明をした。その後で、

   “その後の経過はいかがですか?”
   “確信は持てないが、気のせいか多少、回復して来たようにも思えます”
   “脳室部が大きい。脳室部とは脳の中心近くに広がる水が溜まっ部分である。    三日月状の黒い影で分かる。老化と共に大きくなる”
   “松果体がやや大きい。松果体とは脳の中心部にあり、脳が石灰質に転化し    た部分である。白い影で分かる。これも老化すると大きく広がる”
   “前頭洞が大きい。脳の無い空隙である。この黒い影の部分である。脳圧の調整部でもある”
“脳味噌が焼き芋のように収縮しているのですか!?”
“山勘で言えば、70歳位の年齢に相当する脳だが、異常ではない。味覚異常に結び付く所見は無い。勿論、脳出血・脳梗塞・脳腫瘍などは無い”
   “MRIでもっと精密に検査する必要はありませんか?”
   “無いと思う。それより頭の良くなる薬を、後1ヶ月間、継続して飲んでもらって経過を見ましょう”

   CTでも光の透過量に比例して黒白の濃淡になるような写真になっていた。水が溜まった部位や空隙部はX線が良く透過するので黒くなる。解像度は普通のX線写真と変わりがなかった。

   医師には見慣れた写真であっても、私には初めてだ。各年齢に相当する標準的な写真があれば比較し易いが、見せてくれとの要求まではしなかった。取り敢えずは医師の話を鵜呑みにすることにした。早く退室したかったのだ。

   脳神経外科の待合室で出会った患者には異様な印象を受けた。単独で来ている患者は少ない。肉体的には元気な大人でも付き添いの要る患者が多い。診察室での、医師と患者や付き添いとの会話が漏れて来るので、嫌でも聞かされるはめにもなり、気が滅入って来るのだった。患者も付き添いも、自らの症状を医師に的確に説明する能力に欠けているようだ。医師の質問とも噛み合わない。
            
   これでは3分間診療はとても無理だ。医師は話半分にしか聞いていないようだ。“予約時間が当てにならないのもやむを得ない”と我慢せざるを得ない。医師が信じているのはあくまで、X線写真・CT・MRIなどから得られた物的証拠と治療薬を飲んだ後の患者の自覚症状の変化や経過観察のようだ。
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外野席

   @妻の反応                          

   “もう70歳なの!ゴルフやテニスのやり過ぎじゃないの?スポーツ選手は早死にするじゃない? それに酒も飲み過ぎよ。最近は異常な程に飲んでいたとは思わない!?姫大根があんなに沢山食べられるのも、おかしいと思っていた”

   早速、妻は我がミニ書斎から“家庭の医学”2種類を取り出し調べ始めた。

   “味覚異常”については記載がない。脳神経外科の専門書を買ってくるわ”
   “無駄だよ。本を読めば直るのなら、病院に行く必要はない”
   “珍しい病気のようだから、面白いわ。死ぬのならなるべく早く死んでね。私は椎間板ヘルニアの持病があるから、垂れ流し老人の面倒は見切れないわ!”

と、気楽な様子だ。

   A持つべきは友達

   旅行前、カナダの高さんが一時帰国した折に、味覚異常についての話題を交わしていた。5月28日、氏からの電子メール(我が職場で電子メールが使えるのは今秋の予定)を受けとった人から私に連絡があった。 
          
   “宝石6月号 220〜227ページに、味覚異常に関連する記事がある”とのメッセージだった。早速、買い求めに走った。3軒目の本屋でやっと売れ残りの1冊に出会った。情報源は2年前の日経ビジネスと同じ日大名誉教授だった。意外な事が書いてあった。“大量に汗をかいたり小便を出すと、亜鉛不足になる恐れがある”

   過去数年来、痛風対策として毎朝薄い紅茶を3リットルも飲み続けていた。それが影響していたのではないか?との疑惑である。この記事によれば未だ日本では、亜鉛製剤は許可されていない。そのため日大病院では亜鉛を主成分とする機能性食品を治療に使っているそうだ。今後2〜3ヶ月経過を観察しながらも、変化がなければ、この機能性食品もトライしようと考えている。思いがけない情報だった。

   Bこんな人もいた!

   “頭の良くなる薬を私も飲みたい”
   “この薬は、頭が悪くなった人には利くそうです!!”
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その後の顛末
 
  社内の技術資料室やトヨタ会館の図書館にある一般向けの医学書を紐解いて味覚異常関連記事を探した。殆どの本には全く記載がない。命に別条がないからか無視されているようだ。むしろ科学辞典や百科辞典の方が詳しい。

   それらの中に“からだの地図帳”(講談社1989年発行・札幌医大名誉教授高橋長雄監修・解説)があった。この本には身体各部の詳しい解剖図が描かれ、関連する病気の解説も載っている。医師に症状を聞く場合には持参する事が望ましいと提案している。医師がポンチ絵を描く手間の節約に有益なだけではなく、略図の正確性に関しては断然優れている。

   この本によれば、舌の前部2/3からは鼓索(こさく)神経が、後部1/3からは舌咽(ぜついん)神経が大脳の味覚野に繋がっている事が図かれている。しかも味蕾は舌の周辺と奥に多く、中央部の表面には少ない。前縁部では甘味と塩味、舌縁では酸味、舌根では苦味に対して感度が高い。

   別の本では、味蕾の細胞は10日で更新される。味覚異常の原因の大部分は味蕾側に多く、大脳側の異常は少ないとも言う。

   6月9日、ゴルフ仲間“ルック正体院”の小山院長とプレイした時、味覚異常についてお尋ねしたら“うちの患者にも多いんですよ。疲れからですよ。自律神経異常で鼓索(こさく)神経に影響するのですよ。心配要りません。ほっといても直ります”と言う。    

   春の連休中(4月27日〜5月6日=10日間)にゴルフ4ラウンド、テニス5日、遠出の日帰り温泉1回で些か疲れていたのかも知れないなとも思ったが、半信半疑。友人数名を煩わして、味覚チェックを頼んだら、あろうことか、皆んな私と同じような症状だった。歳を取れば、舌の中央部の味覚センサーの感度は落ちるのだ。5月10日はまだ疲れていたのだと解釈。

   ともあれ、月〜金の禁酒は辛かったが、土曜日の解禁日は急にビールが美味しくなり、酔い心地が良くなった。お陰でシンガポール旅行中のビールも飛び切り美味しかった。

   これを機会に、程々の飲酒を守ろうと決心。        
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