メキシコ探訪記、拝読しました。 我々も75歳になり、平均男性生存年齢まであと5年を残す年齢になりました。 ここまで、世界100ヶ国探訪の目標を達成されたとのこと、おめでとうございます。
メキシコについては少し記憶があります。30歳のとき、航空機関士から操縦士へ資格変更する訓練を、サンディエゴ近郷の空港でPSA航空会社の訓練校で半年受けています。
サンディエゴはメキシコとの国境に近く、訓練中に国境を越えないように気をつかったものです。週末の休みには、車でメキシコに入国し、ティファナにはよく行きました。貴兄もティファナには寄られたとのこと、車で国境を越えると、アメリカとメキシコの風景・生活環境の違いに驚いたものです。
小職も仕事で世界各地を訪れましたが、100ヶ国には届きません。今後も世界旅行の計画はなく、静かにひっそりと暮らすだけです。幸い、子供や孫が同じマンションに住んでいるので、一緒に食事できるのが、唯一の楽しみです。
今後、どの程度まで生きられるのか不明ですが、夫妻共大きな病を持っていないのが幸いです。老人性の諸病は持っていますが(高血圧、高血糖など)漢方薬(八味地黄丸など)でカバーできています。
この年になるといつ向こうへ呼ばれるかわかりません。悔いのない生活ができれば幸いです。
お元気でお過ごしください。
① 高校同期・元JALのジャンボ機長
「世界百ヶ国漫遊」達成 おめでとうございます。
ほんの40年ほど前、トヨタ自動車定年対象者に会社からご褒美として海外旅行(主にハワイ)に行かせてもらえた。この一回限りの海外旅行が夫婦にとって無上の喜びでした。それが百ヶ国とは! 石松さんの桁違いに恵まれた境遇によるが、人類の激動的な発展にもよりますね。その時代に生を受けたことも幸運です。
すべてを含めて、藤原道長が詠んだ「この世をば 我が世とぞ思う 望月のかけたることも無しと思えば」の心境では? そこで提案、戒名「世界百余国漫遊大居士」の横に「世界一の果報者」を追記されたい。
「おわりに」は圧巻でした。「どんな過酷な環境に住んでいる人でも『希望すればどの国へも移住も可能。そこで一生を終えられるならばどこが良いですか?』との質問に『生まれ育った国、この場所ですよ』と即答されたとか。人間の本質に感動しました。
同じ質問を北朝鮮や中国人にしてみたい。『生まれ育った国、この場所ですよ』と即答されるのでは? 収容所行きを恐れて。
「あなたの拙い講義をはるばる聴きに来たのではない。バスから見える現場の説明をされたい!」とのお叱りに「人が一所懸命に説明している時に、話の腰を折るような質問を止めてほしい」との反論はアッパレ! 現地ガイドも大物だ。
酒の肴の専用冷凍庫に有り余る高級品は贅沢すぎる!「小さな家、質素な衣服、質素な食事。しかしこれこそが幸せな人生なのだ」をお忘れでないでしょうね!
楽しいメキシコ旅行をしたような気になりました。多謝。
② トヨタ先輩・ゴルフやテニスと温泉旅行仲間・典型的な愛妻兼恐妻兼敬妻家
メキシコ旅行記読後感(12ページ前半まで)
HPレーザープリンターが外注修理中。12ページまで印刷して突然故障。石松旅行記はいろいろ情報量が多いので前後往復して読む必要があり、画面では無理。また机に向かってパソコン画面を見るのがしんどい。寝そべって紙で読みたい。IPADは日本に置いてきた。
(1ページ)加齢現象については同感。頭だけ老化しないなど暴論、空論。人間は子供の時の体験はあっても、将来の老化現象の体験はない。老人になって初めて自覚する。直近の記憶力低下も同感。子供の時の思い出ははっきり覚えているが。4歳にして掛け算とは超秀才だね。私以上だ。
掛け算といえば、当地水道局職員3,000人の半数は文盲。自分の名前を書くのも怪しいらしい。しかし数字は100まで数えられるかと聞いたら、計算は全く問題無いと。給与も手当もおつり計算も全部OKだと。私はまだ半信半疑。
私は6歳時点で、新聞は毎日読んでいた。昭和20年の米軍沖縄上陸の経過は刻々理解していた。教科書は国民学校3年生の分まで母が何処からか入手して、教師だった母の指導でマスターしていた。従って二級上の昭和11年生まれと同等となる。たとえば「軍犬利根」の美談とか、「死んでもラッパを放しませんでした」とか、「教育勅語」も全文暗記ではないが、冒頭数行はOK。しかし私は、6歳当時掛け算は出来なかった。
教育勅語といえば、最近の日本の世相の混迷を見ると、「教育勅語」復活もいいと思うが、それだけでは足りないね。そもそも維新、維新というが、明治維新を理想化しすぎるのもどうかと思う。
明治維新以来日本を指導してきた武官官僚(陸士、海兵⇒陸大、海大)、文官官僚(帝国大学法科⇒高等文官試験合格者)共に、江戸時代の幕閣や各藩諸侯に比べて「毛並み」が悪いから発想も品がないね。A級戦犯(中国式では甲級戦犯)の伝記などを最近読んでもそう思う。一応、旧制中学を出ているから、最低ではないが国のトップに立つ素養には欠けるね。
それが、今や、旧制中学、旧制高校、旧制大学、全部廃止だ。数年前同志社の院生に講義中に「旧制第三高等学校」を知っているかと聞いたら、一人だけ知っていた。「昭和は遠くなりにけり」。
機会均等も程々だ。私はウィーンの国連勤務時代に高円宮殿下御夫妻のご来訪を受けたが、殿下は総理大臣以上の扱いだった。欧州の基準によれば人間には二種類ある。男と女ではない。国王になれる可能性のある人とない人だ。皇位継承順位に入らない人間は後者だ。要するに、生まれたときに決まっている条件というものは大事だと欧州で知った。
次に石松氏に現在病気の自覚症状があるというのは問題だ。北京の中国医学の診断を受けるべきだね。多分異常が発見されるだろう。一見して病的肥満だった三菱重工OB(東大航空原動機)が東京の医師の指導で毎日減量のために猛運動。私が中国医学での診断を勧めたが、相手にされなかった。1年後に60代で死んだ。
私の勤務先の事務室は2階だが、手すりに掴って昇降している。石松氏の墓石の数値表示は、今は業者が石工機械できれいに訂正できる。99か国表示に変更すればいい。
(2ページ)、イラクには行ったがイランには行ったことはない。イランの人口は6,000万だが世界を振り回す大国だ。ニューギニアにもODAで出張したが高地には行っていない。気候がいい高地民族は優秀だそうだ(海岸平野人種より)。「あと1年で喜寿になる74歳」(還暦以外の年寿は数え年。来年元旦には77歳)とは認知症の始まりだね。
よりによって石松富豪が貧乏人相手の阪急旅行とは情けない。空港への遅刻も良くない。これが4歳の神童、23歳で航空工学首席が、老人になって私のような優しい人間からも犬猫扱いされる原因の一つだ。
(3ページ)男性下着もファッション時代とは知らなかった。銭湯にも行かず、スポーツもしないので、他人の男性下着は判らなかった。今は高級住宅地の田園都市線沿線に昔住んでいたころ、「たまプラーザ」の東急デパートにコシノジュンコ男性下着コーナーというのがあって、「見せる下着」とかビキニスタイルとかあって、私も買ったこともあったが、今はダブダブのパンツがいいね。
(4ページ)旅券を届けたメキシコ空港職員に最後までチップを拒否、これは「ホワットイズ石松」のすべてだ。私は(優秀な石松新入社員を)こういう人間にその後数十年で変えたトヨタの上司、同僚の責任は重大だと思うね。堤防の「アリの一穴」だ。いずれトヨタも第二の松下電器になるのではないか?私が空港職員なら旅券は断固没収だね。あるいは破いて捨てるとか?目には目を。一罰百戒が必要だ。
(5ページ)「不易流行」が松尾芭蕉とは知らなかった。あとで勉強する。
(6ページ)定年後、町内会でまったく孤立、現役時代は社内で孤立。墓地でも孤立だろう。奥様も墓参はしないだろうし。実家の墓に戻りたいだろう。墓前離婚だね。
(7ページ)メキシコにもペルーにも行ったことはないが、アステカとインカの違いは勉強になった。さすが大学受験世界史の権威の石松氏だ。
中国の世界遺産は43とのことだが、世界銀行の観光開発の仕事で貴州省に行ったときに、同省内にも「自称?世界遺産」がいくつもあったね。日本でいえば国定公園レベル?
(8ページ)カンクンも有名だが、島とは知らなかった。グランドキャニヨンを破壊するのは不可能だし、現状保存も不可能でしょう。「桑田変じて蒼海となる」。
(10ページ)私のODA出張はビジネスクラスだから、エコノミーの機内食を私はあまり食べたことないね。私用で北京に行くときのJALとANAの機内食はまあまあだ。ODA出張で貯めたマイルで貰う無料航空券だから、特に不満はない。
ホームでの駅弁販売は減ったが、車内販売になった。これが駅弁業者間ではすごい利権争いらしい。質素な人は、コンビニで弁当、ビールを買ってから鉄道に乗る。最近は上野駅構内にもコンビニはあるから、高い駅弁を買う必要ない。駅弁価格にも人件費は反映するから、私は東北新幹線では(販売員が交代する)仙台以遠で車内販売を利用していた。値段は同じでも中身が違う。
(11ページ)日本人ガイド相手に高圧的態度も良くないね。石松基準だとトヨタ社員も大半は落第ではないか?熱帯の後進国のエアコンは、ホテルでも、車でもガンガン。今のパキスタンのホテルも氷部屋、調節不能。パナマ滞在中はエアコンで風邪を引いた。
前半でいささかきついことを書いて反省している。やはり私の石松氏に対する期待が高いのだ。私の頭の中には、「第二豊和寮」での超優秀だった石松氏のイメージしか残っていない。50年たっても変わらない。「死者は何時までも若い」というのと同じだ。トヨタ社員として一緒に老いていれば、石松氏にももっと寛大になれるかもしれないが。
石松氏の博覧強記は、昔も、今も超一流。それは変わっていないが、海外旅行中は命の次に大事な旅券発見者に対する謝礼をけちるとか、日本人ガイドに厳しすぎるとか、添乗員を遅刻ではらはらさせるとか。勲二等令嬢の石松氏夫人が心臓障害1級(数年前にペースメーカを埋め込んだ)だそうだが、これも家庭内ストレスからではないか?
欠点がいくらあっても、超優秀な人間は魅力だ。しかしもう後期高齢者だから「玉に瑕」もどうかと思う。
メキシコ旅行記第二部
(12ページ)いよいよメキシコ旅行記本文だ。私はメキシコには行ったことない。アメリカには6年近くいた。テキサス、ニューメキシコ、アリゾナへはドライブやバス旅行で行ったことはある。中南米で行ったことがある国は、パナマとブラジルだけ。いずれもJICAの港湾開発調査団員。
私が、国連の局長(1993-1995)をしていた時に、メキシコ人の事務総長の「えこひいき人事」には閉口したことがあるので、メキシコにはあまりいい印象は持っていない(本件について後述)。
ただし当時北米自由貿易協定が締結されたとか言って、これは大ニュースだと部下のエコノミストが騒いでいた。彼は韓国系アメリカ人で課長待遇研究員。「政治的任命」でない限り、通常自力では昇進は課長止まり、ただし日本の公務員給与と同じで課長級のまま、給与号数は上がって行くので給与金額は定年まで年々上昇する。彼は後に横浜国立大学大学院の教授になった。
さて、メキシコの首都空港で時計が見つからず石松氏は添乗員を非難して早くもいらいら。私は「カシオの高級電子時計」を使用、世界中の現地時刻を表示できる。搭乗の国際線飛行機が離陸すれば、直ちに、到着地時刻表示に切り替える。頭も切り替え。ODA専門家のプロの世界だ。石松氏は100か国漫遊といっても、物見遊山、添乗員頼り、機内で無料ビール飲んでフラフラ、旅行の中身の質が私とは違うね。
時刻表示は自力で何とかなるとしても、困るのはバンコク新空港には乗り換え表示が到着ゲート近くに出ていない。これは困るね。右か、左か50:50チャンスで失敗して乗り換えギリギリになったことがある。
顔面認識力は不思議だ。人間の顔は識別できても、猫の顔となると大体同じに見える。日本人には白人も最初は区別するのが難しい。逆に白人も東洋人の区別が難しい。
100か国漫遊の石松氏の顔面識別力が落ちるとは老化現象?今や猫並みの知能?
色彩問題であるが、同じスペイン植民地でもアルゼンチンは白人国。メキシコはメソアメリカの伝統が濃く流れている。厚化粧は地元の伝統だと思う。
(13ページ)マヤ、アステカ、テオティワカン文明の区別は今回初めて日本からの持参のデジタル百科事典で泥縄勉強した。中々の大文明だ。メキシコにもいずれは行ってみたい。園芸脚立が三点支持とは知らなかった。私の日本宅にある屋内用脚立は四点支持。
(16ページ)花の名前は「ジャカランダ」ではないか?
ご指摘の通りだった。感謝。
ジャカランダ属またはキリモドキ属(Jacaranda)は、ノウゼンカズラ科に属する中南米原産の低木または高木からなる属である。
ジャカランダ と総称されるが、うち1種キリモドキ Jacaranda
mimosifolia を意味することもある。マメ科のブラジリアン・ローズウッドもジャカランダと呼ばれることがあるのでこの属と混同されることもあるが、別目である。タルコ
とも呼ぶ。
都市名はブエブラではなく、「プエブラ」。
ご指摘の通り。感謝。
プエブラ (Puebla)
はメキシコのプエブラ州の州都である。人口148万5千人(2005年)。「プエブラ歴史地区」は、世界遺産(文化遺産)に登録されている。
都市間物量が少ないのは後進国共通の現象。メキシコに限らず、パキスタンでも都市間高速道路はガラガラ。物流が各大都市圏内で完結しているようだ。ついでにいえば北京上海新幹線でも乗客のほとんどは北京上海直通客、南京で少し乗り降り、済南、徐州でほんの若干名乗降。ただし、旅客新幹線に並行の在来線では長距離貨物列車で満員。中国は物流で全国が統合されているから、後進国とはちょっと事情が違う。
(18ページ)日本人の意思決定の遅さには困るね。役所だけでなく、民間大企業も官僚機構化しているようだ。特に最近顕著になった現象の様だ。幕末の江戸幕府も当時の常識からいえばはるかに意思決定は早かったし、明治政府もどんどん意思決定していたはずだ。川重のクーデダーは快挙ですか?遅疑逡巡よりも。
最近のある事件から推測すると意思決定が遅いのではなく、日本人は「そもそも意思決定ができない」。その理由は「何が正しい決定か」が分からなくなった。何が正義かを忘れて、責任回避だけだ。
でも責任回避といっても、「尻隠さず」のレベルだから孫子の兵法(逃げるにしかず)よりもお粗末で、長時間逃げ回って、時間を浪費して最後は雪隠詰め。サルサはメキシコのソースだと知ったのは2002年。ヒューストン空港で土産に買ったが、いつの間にか消えてしまった。
(19ページ)掲載の石松老人の写真は今までで一番いい。「一見すれば」好々爺だ。遺影写真更新だね。しかし一見好々爺に騙されてはいけない。それにしても黒田日銀総裁は最近人相が悪いね。日銀総裁任期5年は持たないのではないか?おとなしく、ADB総裁を任期満了まで勤めればよかったものを、老人の野心は問題だ。
私は階段は苦手、手すりにつかまって2階までが限度。
(20ページ)天体物理学=古典力学の範囲?ちょっと疑問。摂動とか?
摂動論はニュートンが古典力学を完成させた後に出てきた。
摂動論による計算の歴史は古く, 19世紀には天王星の軌道が精密に計算され, 観測された軌道が計算で求められたものからずれていることがわかり, 海王星の発見(1846)へと導かれたのは有名である。
海王星の発見の過程はまさに力学の理論体系と摂動法の組合わせによる勝利といえよう。
ところで,海王星の発見の年代からもわかるように 精密な摂動計算はコンピュータが発明されるよりはるか以前から盛んに行われていて, そのような数値計算に科学者らが費やした労力は並大抵のものではなかった
ことは容易に想像できる。
実際,計算機科学の先駆者であるバベッジが計算機械の製作を始めたのは,
当時の著名な天文学者であるハーシェルと共に数値計算に用いる数表の校正を行った 際にあまりに誤りの多いことに気付いて, 人間のミスによる誤りが生じない, 機械による自動計算を思い立ったためといわれている。
(21ページ)イヤホーンは日本語と推定。
(22ページ)大学敷地は広ければいいというものではない。米国のアイビー各校も、MITもそんなに広くはない。米国で広いのは田舎の二流、三流州立大学だ。敷地は広くても、図書館は冊数だけで、中身の書籍や、コンピュータのソフトはお粗末。猫の大学に小判なし。
例示の4校は、北大以外は皆郊外移転で広くなった。中央大学が神田から八王子移転で司法試験合格者が減ったように、これらの郊外大学も移転後のレベルは下がっているだろう。筑波大学は評価低い。
テキーラの高級品は私も何本か購入、日本にも持参した。日本でも買えるが今は在庫なし。
(23ページ)20:15AMとは何事かと思ったらAMは航空会社の略法。かっこ書きにすべし。当方は手持ちの全世界航空時刻表で確認、「メキシコ航空(AM)647便」だ。世界中の最新航空時刻表をパキスタンまで持参、インターネットで毎週更新、百か国漫遊の石松老人とはレベルが違うね。
メキシコ旅行記読後感第三部
(23ページ後半から)「チチェン・イッツァー」は全く知らなかった。マヤ文明後期の遺跡らしい。セノーテは調べるのに時間が掛かるので省略。石灰岩地形らしい。
カンクンも有名だが行ったことはない。パナマ港湾調査の時に観光開発担当団員がカリブ海のクルーズ船に乗ってカンクンにも寄ったかも。このクルーズ船は出発地のマイアミ港での乗降に長時間で大変だったと。彼は日本郵船社員だが、彼の話だと「芋を洗うようなクルーズ船旅行」は大衆客相手だと。
トゥルム遺跡、頑固な石松氏が自主意思で参加したのに、あとでぶつぶつ言うとは不粋だね。
(27ページ)メキシコシティ⇒成田の「メキシコ航空58」便は、ティフアナへは正規の寄港。ティフアナは、マキラドーラという保税輸出加工区があるから、ビジネスマンも出かけるので寄港している。メキシコシティを満タンで離陸する必要はないから、ティフアナで追加給油したかもしれないが、給油のための寄港ではない(鉄道用語では、営業停車(客扱い)と運転停車を区分)。
西航便は向かい風で飛ぶが、手元の「デジタル地球儀」(石松年金老人は持っていないでしょう)でざっと測定したところ、メキシコシティ⇒成田は、NY⇒成田よりは遠く、NY⇒北京とほぼ同じ。十分飛べるはず。NY⇒香港もノンストップで飛んでいるはず。
ティフアナ国境の格差は有名であるが、それでもメキシコ側では隣接する加州経済の恩恵を受けて繁栄している場所。イグアスの滝には行ったことはないが、パラグアイが更に落ちるとは知らなかった。ブラジルも大したことはないと思ったが。
それにしても今回の旅行記は、碌に説明がない。数年前の石松旅行記に比べだいぶ質が落ちてきた。「空っぽの旅行記」の感想文を求めるとはいかがなものか?私にとっては独学でメキシコの地理歴史の勉強を強要されたようなものだ。
当方としても一夜漬けの勉強で試験を受けるようなもので、ストレスを感じるね。本来ならば「空っぽの読後感」で対応せざるを得ない。時間があれば現地にも行き、資料もきちんと勉強してみたいが。でも一応メキシコの地理歴史の骨格は少し頭に入った。
メキシコ旅行記読後感第四部
今回の旅行記は付録付だ。いきなり在原業平が出てきた。有名な「三河八橋」だ。しかし、いくら平安時代だといっても、京都から知立までは大した距離ではない。大げさだ。古代の日本武尊はもっと頑張った。そもそも業平のこの「東下り」自体が架空の話だったという説もある。
この石松氏定年後の旅行大事業は聖徳太子や徳川家康以上といってもね、旅行以外の人生業績もないとね。大学卒業⇒定年後旅行だけではね。大学卒業から会社定年までがブラックボックスだ。
(29ページ)「小さな家、質素な衣服、質素な食事」が幸せ人生。その通りだが、酒のつまみや、露天風呂を自慢するあたりが、極楽往生できない理由だろう。江戸時代なら分不相応で「お手討ち」ということになる。スローガン通りに「細々」生活がいい。立てば半畳、寝れば一畳で。
しかしいくら故郷がいいといっても、福島県にはもう戻れないだろう。わが郷里の千葉県も危ないらしい。魚は福島沖まで回遊するから千葉県の魚も危険らしい。
(30ページ)奥様との定年後月一回旅行が間もなく中断。さもありなん。絶倫自慢夫に心臓障害一級令夫人、多分不感症ではないか?障害者の旅費は本人も付添人も半額だそうだが、楽しくなくては旅行も成り立たない。
戒名は「極楽浄土」への切符なら石松氏には不要。でも私の好きな言葉は「阿鼻叫喚」、これは仏教八大地獄の阿鼻地獄と叫喚地獄を指すらしい。現在旅行実績100国でも、八大地獄を加算して108国。108という数字は除夜の鐘数だ。自製の偽造戒名も阿鼻叫喚行きの切符かも。
「家族葬」の下に儀式省略で火葬場直行の「直葬」(「釜前経」だけ?坊主追放でこれも省略すると火葬職員が嫌がるだろう)というもあるらしいが、トヨタ社員の息子さんは世間体もあるから葬式はちゃんとやるだろう。石松氏を知らない人だけが焼香だ。
(露天風呂)露天風呂には私は興味ない。
奥様の鶴丸高校同級生と月1回のハイキングもちょっと回数が多いね。50年以上前の同級生とそんなに共通話題があるはずない。要するに、自宅ではストレスが溜まるからだろう。
(33ページ)酒のつまみのメニューはうらやましい。私にも有料で分けてほしい。宮上町の石松庶民にしては贅沢すぎると思うね。
エレベータはどうして2人乗り、1人乗りでいいと思うが。二往復すればいい。農業には興味なし、そもそも野菜は嫌いだ。スポーツもやらないから判らない。ゴルフ会員権下落は大歓迎だ。
新聞は1992年が最後でそれ以来購読していない。今はインターネット記事で十分だ。それに日本人記者の記事は信用できない。もっぱら英字新聞記事やその翻訳を読んでいる。
昔は、英語は「直接英語を必要とする人以外は不要だ」という意見すらあったが、今や国際化、情報化の時代には誰でも英文インターネット情報が必要だ。国内にいても、日本のマスコミの記事だけを読んでいては話にならない。
アクネスチャンがそう言って「週刊新潮」に袋叩きにあったが、アグネスが正しい。パキスタンの英字新聞記事の方が余程世界の動きや日本の現状に対する評価をまともに伝えている。
1995年にワープロ購入とは随分遅いね。そうするとパソコン購入は21世紀に入ってからだろう。1995年といえば「ウィンドウズ95」が出た年だ。私は1978年の米国留学時点からコンピュータはバリバリ使っていたね。パソコンは1981年からバリバリ使っている。すごい差だね。
わが同級生の三菱重工さんは、まだワード、エクセルはだめなようだ。電子メールは始めたようだが、返事は殆ど来ない。先日、開封確認を付けてメールを送ったら、開封確認の自動メールだけ返ってきた。以後何週間も音沙汰なし。開封しているのに、ショックだね。私が不遇の時代には優しくしてくれたが。
傘寿まで生きたいそうだが、長さだけでなく人生の中身も大事かも。
博覧強記の石松氏が、「日曜日は週末だ」ということを知らなかったとは驚き、でも過去十数年、「毎日が日曜日」ではね。「他山の石」として、私もボケ防止に励むことにする。
読後感の読後感
人生の殆どは不遇。そのためか無理やり高下駄を履き、目線を高くして世間を見下そうと努力しているが、その種の僻み根性は遂に習い性となって、コンピュータのように簡単には消去できないようだ。
③ トヨタ同期・東大工・1年で退社⇒東大経済編入学⇒波乱万丈の人生・究極の守銭奴・掘立小屋での乞食生活・再々婚相手は北京美人。
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メキシコ旅行記を拝読しました。
最初に老いを感ずるようなことがありましたが、相変わらずよく事前調査され長文の旅行記に仕上げされて感心するばかりです。
以前の旅行記では同行者の点描があり興味深かったですが、昨今は他人には全く無関心でしょうか。
あとがきでは最近の日常生活の貴兄のこだわりを記されていますが、これも感心するばかり、自分には全く習い真似することできません。
これらも拝読していると貴兄の百歳はかたいと想像しています。これからも貴兄の鋭い論評を期待しています。
④ トヨタ先輩・工・ゴルフ仲間
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これまで石松さんのホームページの中で「癌旅行記」をよく見てきました。石松さんを食道癌や胃癌を何度も克服した「癌闘病」の手本として尊敬しています。自分も石松さんの強さを見習って、やがて、罹患する癌に備えたい、と。日本人の半数以上が癌で死ぬ時代ですから。
ところが癌だけが怖い病気でない。癌で死ぬほうが認知症になるよりズット良いとの内容の本を読んで、認知症対策もとらないといけないことを、今更ながら感じている。
「キョウイク」と「キョウヨウ」が大切だ、と新聞に出ていた。と言っても「教育」と「教養」ではなく、「今日行く」所と「今日の用事」です。私は「行く」所はほとんどないが、「用事」はある。というのは、定年以降、今日しなければならない仕事の量は非常に減ったが、それ以上に処理能力が減って、持ち越し持ち越しの今日の仕事が何時もあるから。「退屈だけは、したくない」と神さまへお願いして、叶えて戴いているのでしょうが、実態は、一日ほとんど何もしなくても退屈しない。ボケの予備軍に近づいていると感じて、恐ろしい。
石松さんは、認知症対策を高度にとっているお手本でもあることに、石松さんの旅行
記を見直しました。
今までしてないことをするチャレンジ精神があれば、脳は若いそうですが、石松さんは、「行く所」が、外国だけをとっても非常に多い。その上、読後感に既に掲載されているように「石松流」を貫かれるから、チャレンジ精神が旺盛ですね。この石松流こそ、ボケの予備軍にならないための良い対処策でしょう。
さらに、石松流は旅行記が惰性に流れない読み物で有り続ける大きな理由でしょう。
石松さんは仕事の量が驚異的に多い。ホームページの内容を考え、それを入力する
時間だけでも、一体どれ位なのか、疑問に思う。若い時と同様に文章が頭に浮かび、さらさらと入力出来るのでしょうか?きっと、石松さんは「以前に比べたら多少時間がかかるが、それほどでもない」と答えるでしょうが、ボケの予備軍の正反対ですね。
➄ 高校同期・京都大学理学博士・真菌(カビ)の研究では世界的に有名な学者
100ヶ国達成おめでとうございます。 恐らく石松様の人生は癌発覚がなければまた別な歩みをされたような気がしますが・・・・ただ石松流の身の処し方は基本的な頑固さと一念は変わらないのでしょうね。
先週元上司(86歳)が脳梗塞で救急車で搬送され、一時の緊急状態は回避されましたが、言語と記憶の神経に障害があり会話が出来ない状態です。先月上司の元気な声をお聞きしたばかりでなんともやるせない心境です。
一方ではアメリカから帰国の孫(7歳)との1ヶ月余りのお付き合いは色々発見の連続で小生も「おじいちゃん」を実感しながら自らがいつ「死」と直面するのかなーとふと思いました。
否俺はまだ死なない。否もう何時ぽっくりいくかも??。 そこに石松様から「生きていますか??」。横道に逸れましたがたまたま向井様からの返信メールをいただき先程勝手に「石松良彦様100ヶ国達成メキシコの旅」を一読。依頼メールの読後感を返信しました。
石松先輩をNTT斎藤様から紹介を受け、小生には真似が出来ない大先輩(九州人)を誇りにいつも感服しています。自らの考えを絶対に曲げない・無駄なお金は使わない・理論的に納得しない費用は絶対払わない(ケチという言葉で片付ける少人数はいるかもしれませんがNoですよね・・・石松様の本心をわからず者)。徹底した生き方は、凄いです。
小生も最近「何も知らない年寄り扱い」とされたと勝手に思い込んだら、迷惑なその相手は気の毒に「心から詫びる姿勢を見せるまで」は絶対許さない自分を発見・・これ石松流の一精神が乗り移った??。
小生の親父は中学卒の銀行員でした。暗算・掛け算のそろばんの能力は幼少時には神様に思えました。小生は銀行入行時からそろばんは全くダメ。入行時の研修会では最下位ランクでしたがそのことがあまり劣等感もなく過ごせたのがハッピーでした。
パスポート紛失事件で「チップは渡さない」・・・大きな声でNO NO・・相手はメキシコ人??
印象に残りました点は下記です。
①
写真では「月のピラミッド」で両手を挙げて万歳の写真・・顔の表情も(はっきりしませんが・・)。小生も思わず万歳の気持ちになりました。
②
野口英世の顕彰碑(銅像)の存在
③
「細々と生きている年金生活者」。この枕詞は容認できません。
④
自作の戒名「世界百余国漫遊大居士」。あらためていい戒名。100ヶ国は通過点ですね。
⑤
回転寿司「スシロー」うどん「丸亀製麺」(自宅徒歩5分に今年オープン)リンガーハット・・長崎ちゃんぽん・・小生も同感です。
⑥
ゴルフ・テニスなどは小生の方が負けているようでまだまだ努力しなければと思います。
読後感に100歳越えのコメントがありましたが、今後とも石松流情報をお待ちします。
今後ともご健康に留意され益々のご活躍を祈ります。
⑥ 大学後輩・経済・中小企業の経営コンサルタントとして大活躍中
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記念すべき100ケ国おめでとうございます。
飛行機時間の長い旅行もなんなく・・・少し驚きました。と言いますのは、中南米は妻ともども二の足を踏んでいます、旅行記から挑戦の話題も出て元気を貰いました。目標を設定されているいることが、気力、健康・体力など原動力の一つかな・・・。
私は、飛行機内でのビール等飲酒をして、気分が凄く悪くなった体験が二度ありそれ以来自粛しています。なにか良い薬でもあれば幸いなのだが・・・。
旅行先が決まり事前に調べるときには、石松さんの旅行記を読みたいと思っています。今回のメキシコ編も同じです。
余生 : 関連
1)お墓 :自分も考える時期となってきました、核家族で身内が遠方になることもあり墓の面倒見、誰がしてくれるかな?
2)外食 :スシロー、讃岐うどん はよく利用します。回転ずしの中では、中身、値段からスシローが一番値打ちと思ってます。
3)ゴルフ : 自分のルールで楽しむ⇒ 良い方法だと思います。自分も同伴者も楽しさが一番。8/14ゴルフの石松さんのスイングはタイミング良く、安定したショットを終始拝見しました。
4)新聞 :夕刊は無くてもいいな・・・、見直してみます。
⑦ 三菱重工OB・ゴルフ仲間
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