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随想
           
幼児教育(平成10年9月1日脱稿)

   『鉄は熱いうちに打て』と先哲は喝破した。幼児教育こそ、この名言の通りだ。

   一方、幼児とは対照的に、自我が確立しているだけではなく、頭も老化している老人相手の教育関係者の苦労が目に浮かぶ。

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はじめに

   3人姉弟の末子である長男の就職も決まり、保護者としての義務は後半年余りの仕送りと下期授業料の納入でつつがなく完了する。ほっと一息付いたのを機会に、特に努力した読解力の強化策を纏めた。

      所謂お稽古事(ピアノ・絵・習字・水泳・サッカーなど)は指導者任せ。私が負担したのは月謝と送迎だけだったのでここでは省略した。
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国語教育

   子供が自立して勉強できるようになるには、文字を読んで理解できる能力が前提となる。小学生の算数や理科・社会は国語と無関係な科目に一見感じられるが、そこには密接な関係がある。

       教科書を読んで理解する読解力がなければ算数も理科も勉強できないし、試験問題の意味すら汲み取れないからである。したがって子供に備えさせるべき最重要な能力は国語、中でも読解力にあると確信していた。

   ここで延べる国語の勉強とは漢字の読み書きの反復練習ではない。読解力の強化には数値計算のように簡単なルールを教えれば済むような方法は存在しない。

      膨大な読書を通じて少しずつ養う以外に道は無いと確信していた。そこにはスポーツの訓練と共通するものがある。その準備を3人の子供に繰り返した。結果としては成功したと思う。
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ひらがな

   長女の満2歳の誕生日のお祝いに『もじあそび』と称する学習道具を買った。5cm角大の木製板の表面に『ひらがな』、裏面にそのひらがなで始まる言葉を表す絵が画かれていた。例えば『あ』の裏には赤ちゃんの絵と言う風に。

   この道具の効果は直ぐに現れた。約1週間で文字を全部覚えた。複雑な文字ほど早く覚えた。子供の文字認識の特徴も序に掴めた。

   『あ・め』『わ・ね・れ』『た・に』『め・ぬ』『た・な』『ほ・は』『は・け』『ま・も』『き・さ』のように、形の似た字は良く間違えた。『さ・ち』のような鏡面文字も間違えた。『つ・し』『く・へ』『い・こ』『り・こ』のように位相が異なるだけの文字にも弱かった。しかし、どこが異なるかを説明すると直ぐに覚えた。人間のパターン認識はコンピュータ用の文字認識プログラムに組み込まれている論理とは、明らかな違いがある事にも気付いた。

   『ふ』のように画数が多く、独自性の強い字は一瞬にして覚えた。子供が何を間違えるのか、その傾向が掴めると教え方の要領も分った。僅か1週間の試行錯誤で完了してしまったが、楽しかった。

   数字も同時に教えた。0〜9までの数字を覚えた後は、1〜100までの数え方は一瞬にして覚えさせることが出来た。たった3個のルールを教えただけだ。

@ 10〜19までの『1』は『じゅう』と読む。
A 20〜90までの『0』も『じゅう』と読む。
B 21〜99までの、A項を除く二桁の数値『mn』はmとnの間に『じゅう』という言葉を追加して、数字をそのまま読む。

   1〜100までを10*10の升目に書き込んで、読ませた。その時、1からさらさらと澱み無く数字を読み始めた子供が、最後の100を『じゅうじゅう』と読んだときには驚愕した。私は百の読み方を教えるのをうっかりして忘れていたが、子供は私が教えた文法を正しく適用していたからだ。

   追記。ドイツに駐在していた長女一家が一時帰国したとき、丁度3歳になっていた初孫に数字とひらがなを教えた。たった2日間で完了。3歳児の理解力は2才児よりも格段に高かった。婿の両親と一緒に送別会を開いた時に、孫に特訓成果を披露させた。皆で拍手喝采!
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紙芝居

   子供が自分で本を読み始める動機を起こさせるためには、文字を教えただけでは不十分である。読書の楽しみを体験させなければならない。その準備として、紙芝居を読んで聞かせることにした。物語が面白ければ、自分で絵本を読み始める筈だと確信していたからだ。

   豊田市中央図書館には児童図書館が併設されていた。そこには、幼児から中学生までを対象とした本だけではなく、500部以上の紙芝居もあった。日本昔ばなし・イソップ物語・グリム童話・アンデルセン物語、偉人伝など、ありとあらゆる名作があった。隔週ごとに図書館へ出かけた。

   紙芝居は、6,8,10,12,14,16枚から構成されていた。中でも、8,12,16枚が多かった。幼児が退屈せずに聞けるストーリーの長さは大変短い。当時、図書館利用登録者1名に付き、紙芝居は5部まで借り出せた。新生児でも利用者として登録出来た。

      2週間に1回、図書館に出かけ2時間過ごした。子供にも借りたいものを自由に選ばせ、不足分を追加して毎回20部借りた。手持ちの一番大きな風呂敷でも、紙芝居は20部包むのが限界だったからだ。

   20部の紙芝居を朗読すると2時間掛かった。子供が飽きずに見てくれる限界でもあったし、読む側の忍耐の限界でもあった。同じ物語でも時間が経てば、子供に取って鮮度が復活するだけではなく、興味の湧く物語は内容を知っていても子供は飽きないと分かり、再三借り出した。1年間に5百部は借りた計算になる。末子が小学校3年の頃まで続けた。
              
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読書

   児童図書館にはひらがなだけの絵本、学習漫画などもどっさりとあった。こちらも、紙芝居とは独立に1人5冊まで借りられた。最初の頃は子供は絵を眺めるだけでも楽しそうだった。徐々に、自然に字も読み始めた。幼稚園を卒業する頃には黙々と本を読む習慣ができた。

   子供用の本も紙芝居と一緒に借り始め、長女が小学校に入学した頃からは毎回25冊の上限まで借り始めた。本は厚さが2〜3cmあるため、一番大きな風呂敷でも25冊が限界でもあった。子供3人と一緒に図書館へ出かけ、読みたい本を選ばせた。親として読ませたい本も追加した。いつの間にか、私がダントツの図書館利用者になっていた。新刊書が入荷すると係員がそのつど教えてくれた。

   子供達にはどんな種類の本でも良いから毎日最低一冊は読むようにとノルマを課した。子供がどんな分野に関心を持っているかは解らなかったので、取り敢えずあらゆる分野の本を借りた。

      学習漫画や歴史漫画には特に関心を示した。末子が小学校を卒業するまで続けた。それまでに読んだ本は3人とも、累積2,000冊に達したと推定している。小学校4年生の頃には、教育漢字は殆ど読めるようになっていた。読書を通じて自然に覚えていたのだ。
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おわりに

   中学・高校・大学の選択は本人の希望を優先した。結果的には総て別々の中・高・大へと進学した。就職先は所謂一流企業ならばどこでも良いと思ったが、結果的には3人ともトヨタ自動車に採用された。
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