イチョウノナン
目を覚ますと、世界は黄色く輝いていた。
ぼうっと見上げる。風で、黄色が揺らめいた。ああ、なんだ葉っぱか。
身を起こすと、あくびを一つした。手元で、かさりと音がする。見れば、降り積もったイチョウの葉があった。周囲を見回してみる。
黄色、黄色、黄色。
もう、それしかない。圧巻だった。
1枚を摘み上げて、日の光にさらす。はっきりと葉脈が見えた。
しばらく指先で右へ左へ回していると、耳に火の爆ぜる音が聞こえた。これだけ葉があるのだ。誰かが掃除のついでに焚き火でもしているのだろう。イチョウは水分が多くて燃えにくい、と聞いたことがあるけれど。
立ち上がって葉を払うと、音がする方へ歩いていく。黄色の絨毯は、どれほどの厚みがあるのだろうか。ふかふかして、地に足が付いていないみたいだ。おもしろくて、少し気持ちが良い。
イチョウの森を抜けると神社の境内に出た。集められた落ち葉が燃えている。さすがにイチョウは混ざっていないようだ。ただ、どういうわけか人が見当たらない。電話か、トイレか。いずれにしても無用心だ。
鼻を鳴らすと、焚き火に近付いた。火にあたりながら神社を見回す。こじんまりとしているものの小奇麗だし、鳥居も社務所もお狐様もちゃんと備わっている。今は閑散としているが、正月と祭りの時だけは違う。少ないけれど屋台が並び、賑わいを見せるのだ。今から正月に思いを馳せ、小さく笑う。
それにしても遅いな。火の番は、いつになったら戻ってくるのだろう。お腹でも壊しているのだろうか。社務所を覗いた方が、いいかもしれない。
探しに行こう。そう思った矢先に、お狐様の足元に箱があるのを発見した。近付いてみる。中には、銀杏と枝とアルミホイルが入っていた。焼いて食べようとしていたのは明白だ。
それにしても、すごい量だ。拾うにも処理するにも時間が掛かっただろうな、と想像が容易いほどだ。ごくり、と喉が鳴る。ちょうど、お腹が空いていた。
ここの神主とは、幼い頃からの顔馴染みだ。少しくらいの悪戯なら、いつだって笑って許してくれた。今回だって、これほどの量があるのだから大丈夫。戻ってきたら、謝れば良いのだし。
自分に言い訳をすると、銀杏をアルミホイルで包んで火に入れた。焼きあがるまでに神主が戻ってくるかと思ったが、一向に現れない。銀杏を食べすぎたのかな。
弾けるような音がし、我に返る。そろそろ食べ頃だろう。枝でアルミホイルを引き寄せる。さすがに触れば火傷をしてしまう。細かい作業に苦戦しながら、アルミホイルを枝の先で破いた。殻が焦げ、良い色合いだ。これまた苦労して殻を取り除く。艶のある黄色が姿を見せた。また喉が鳴った。
舌を火傷しないように気をつけながら、銀杏を口に入れる。ほくほくして、幸せな気分だ。
戻ってこないなら、もう1個。調子に乗って口に入れ、つい立て続けに5個も食べてしまった。
まだ戻ってこない。せっかく銀杏がおいしく焼けたのに。
更に1個摘もうとして、体の異変に気付いた。満腹にはほど遠いというのに、お腹が奇妙なほど膨らんでいる。それは見る間に大きくなっていった。
初めての事態だ。息を止めてみても、お腹は膨らんでいく。社務所に人を呼びに行こうとして、悪い考えが頭を過ぎった。もしかしたら、神主も同じ目に遭ったのかもしれない。風船のように膨らんで、破裂してしまったのかもしれない。
泣きべそを掻いている間にも、お腹はどんどん膨らんでいく。本当に風船みたいだ。もう立つことも座ることもできない。
どうしよう。割れたら、どうしよう。勝手にお狐様の銀杏を食べたから、バチが当たってしまったのかもしれない。
お狐様の顔を見た。細い目が、こちらを見て笑った気がした。
パンッ。
飛び上がる。見ると、神主が大笑いしている。呆然としていると、声を掛けられた。
「遊び疲れて、眠ってしまってたんだよ」
落ち葉が燃えている。アルミホイルを破るために使った枝は見当たらない。夢だったのだ。
夢だと分かっても、お狐様を見上げる気にはなれなかった。
「ちょうど良いところに、起きてくれたね」
神主の細い目が、こちらを見て笑った。
「銀杏が焼けたんだけど、食べる?」
いえ、もうお腹がいっぱいです。